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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2434号 判決 1973年11月29日

控訴人 遠藤晴雄

右訴訟代理人弁護士 小島竹一

被控訴人 小林建設林産株式会社

右代表者代表取締役 小林新一

右訴訟代理人弁護士 高山尚之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一一三万八九六〇円およびこれに対する昭和四四年七月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係≪省略≫

理由

一、事故の発生

≪証拠省略≫によれば、昭和四三年一一月一四日午後七時四五分頃、横浜市港北区(現在緑区)長津田町七〇番地先国道(二四六号)上において、厚木方面から東京方面に向って進行中の控訴人運転にかかる控訴人所有の小型貨物ジュピター(登録番号横浜一さ八四一三)と、東京方面から厚木方面に向って進行中の亡樋口洋人(以下亡樋口という。)運転にかかる小型貨物カローラバン(登録番号横浜四ぬ四三二、以下被告車という。)とが正面衝突をしたこと(以下本件事故という。)、本件事故により、亡樋口は即死し(亡樋口が右日時に交通事故で死亡したことは当事者間に争いがない。)、控訴人は治療約一ヵ月半を要する頸椎捻挫、右下腿挫創、右前腕挫傷の傷害を受けたこと、本件事故の態様は、亡樋口が飲酒して時速一〇〇粁以上の速度(制限速度は六〇粁)で往復四車線の国道上を運転中、何らかの原因で車が斜め右の方向を向いたため、急拠ブレーキを踏んだが間に合わず、そのままセンターラインを大きくオーバーして、折柄対向車線中の第一車線(道路の左端の車線)を時速五〇粁位の速度で走行中の控訴人の車の前面に出て、控訴人としては避譲する余裕もなくそのまま衝突したものであり、従ってその原因は、亡樋口の飲酒運転、速度違反、通行区分違反による一方的過失によって惹起されたものであることの各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、被控訴人の使用者としての責任の有無

(一)  被控訴人が建築請負・材木販売を業とする会社で、亡樋口を使用していたことは当事者間に争いがない。控訴人は、本件事故は亡樋口が被控訴人の業務執行中に惹起したものであるから、被控訴人は民法第七一五条による使用者としての責任がある旨主張するので、以下この点について判断する。

(二)  ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

1、亡樋口は、被控訴人会社の土木部の現場監督(技術責任者)の地位にあり、当時被控訴人が東急建設株式会社(以下東急建設という)から請負っていた横浜市緑区恩田地区の宅地造成工事を担当していたが、本件事故当日午後五時半頃から同区上谷本所在の東急建設第三ブロック事務所において開かれた仕事の打合せ会に出席し、右会議を終って帰る途中本件事故を惹起した。

2、同日亡樋口は被控訴人会社所有の乗用車カローラ(以下カローラという)に乗って工事現場に赴き、午後五時ころ工事現場から一旦被控訴人本社に帰り、カローラを被控訴人に戻し、午後五時半ころ被告車に乗り、途中自己の費用でガソリンスタンドから給油を受けて前記打合せ会に出席した。

3、亡樋口は昼間被控訴人の仕事のためには被控訴人所有のカローラを使用し、自己保有の被告車はほとんど通勤その他の自家用に使用していた。被告車は亡樋口が本件事故より一月半程前の昭和四三年九月三十日訴外神奈川自動車センターから所有権留保のまま買い受けたばかりのものである。

4、被控訴人会社の勤務時間は午前八時から午後五時三〇分までであって、午後五時三〇分を過ぎると被控訴人会社の事務所は閉鎖され従業員はいなくなる。

5、本件事故当時被告車には測量用のポール等が積載されていた。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(三)  右認定事実によれば、亡樋口は、被控訴人所有でなく自己が買受け保有中の被告車を運転して、また被控訴人方はすでに閉鎖されているのであるから自宅に帰る途中で本件事故を惹起したものと認めるのが相当である。したがって、本件事故は亡樋口が東急建設との打合せ会を終え、勤務をすべて果し終って、自家用車で自宅に帰る途中で惹起したものであるから、業務執行中に起した事故と認めることはできないものというべきである。このことは、亡樋口が自家用車に積んでいた測量用のポール等が被控訴人の業務に関するものであったとしても、同様に解すべきものである。なお、右自家用車が使用者の事業の執行に関しある程度継続的に利用され、使用者においてもこれを認容している場合には、右と結論を異にすることもあり得るが、本件の場合には、使用者たる被控訴人において亡樋口のために乗用車(カローラ)を一台提供しており、また亡樋口が被告車を購入したのは本件事故の一ヵ月余り前のことであるから、右の継続的業務利用関係がすでに生じていたものとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。他に叙上認定を覆して本件事故は亡樋口が被控訴人の業務執行中に惹起したものであると認めるに足る証拠はない。したがって、被控訴人が本件事故に関し民法第七一五条による使用者としての責任があるとの控訴人の主張は採用できない。

三、被控訴人の運行供用者としての責任の有無

(一)  控訴人は、被控訴人が被告車を運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法第三条による賠償の責任がある旨主張するので、以下この点について判断する。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、亡樋口は、前記東急建設からの請負現場に時々被告車を運転して行っていたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫ 右認定事実によれば、亡樋口が被告車を運転して右現場に行った際には、被控訴人がその事実を知っていると否とにかかわらず、被告車による運行の利益を得ていた場合もあるということができる。

(三)  しかしながら、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

1、亡樋口は、本件事故の一ヵ月位前の昭和四三年一〇月一五日に訴外宮瀬美智子と結婚をしたが、会社の同僚には、結婚もしたし、日曜日などのレジャー用として被告車を購入した旨述べており、また妻の買物の際には時々同乗させていた。

2、亡樋口は被告車を通勤用に使い、これを被控訴人方駐車場に置き、被控訴人所有のカローラに乗り換えて現場に行っていた。

3、被控訴人会社には、土木建築の資材や用具を運搬するのに別にトラックがあり、これを乗用車に積込んで運搬する必要はなかった。

4、被控訴人会社代表者小林新一が、亡樋口の車所有の事実を知ったのは本件事故の四、五日前であり、その後においても、依然として被控訴人所有のカローラの使用を継続させており、また亡樋口が被告車を使用して時々現場に行っている事実は知らなかった。

5、被告車のガソリン代を被控訴人において支払ったことはなく、亡樋口が被告車にガソリンを入れる場合には、田中和美経営のガソリンスタンドで亡樋口自身が現金で支払っていた。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

(四)  右(三)において認定した事実と前記二の(二)において認定した事実とを綜合して考察すれば、被控訴人は、亡樋口が自己所有の被告車を運転して現場に行っていた事実を了知せず、従ってこれを許容放任した事実もないのであり、被控訴人が被告車について運行支配を有していたと認めることはできず、更に、前記運行利益についても、その期間回数も少なく、その割合も大きいものとは認められないので、これらの点を考え合わせると、被控訴人が、自動車損害賠償保障法第三条に定める「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するとは到底認められない。他に叙上認定を覆して被控訴人が被告車を運行の用に供していたと認めるに足る証拠はない。叙上の理由により、控訴人のこの点に関する主張もまた採用できない。

四、以上の次第で、爾余の点について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は正当であり、本件控訴もまた理由がなく棄却を免れない。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 上野宏 判事 後藤静思 日野原昌)

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